政治混乱

イスラエルとアラブ諸国の国交正常化 

9月15日、トランプ大統領がけん引する形で、イスラエルとUAE、バーレーンの国交正常化を記念する署名式が開催された。署名式にはイスラエルのネタニヤフ首相、UAEのアブドラ首相、バーレーンのザヤニ首相が出席し、今後イスラエルとの間で外交、経済の分野で関係が急速に深化することだろう。

これでイスラエルと国交を持つアラブ諸国は、1979年のエジプトと1994年のヨルダンを加えた計4カ国となるが、トランプ大統領やネタニヤフ首相は複数のアラブ諸国がこの流れに続くと示唆している。では、以上のようなことからどのような動きが読み取れ、トランプ大統領にはどのような狙いがあるのだろうか。

UAEとバーレーンのイスラエル国交正常化でパレスチナは孤立

まず、UAEとバーレーンのイスラエルとの国交正常化は、パレスチナの孤立というものを露呈する形となった。アラブ連盟は9月9日に外相会談を開催したが、イスラエルとUAEの国交正常化を非難することを避けた。

これまで多くのアラブ諸国は、イスラエルとの国交正常化には入植地の撤廃やパレスチナの国家承認を前提条件としてきたが、アラブの盟主であるサウジアラビアがイスラエル・UAEを結ぶ航空便の上空通過を許可するなど、アラブ諸国の対イスラエル姿勢は実利主義的なものに変化している。

しかし、パレスチナの孤立は今回になって鮮明化したものではなく、近年繰り返されるイスラエルによるガザ地区への空爆でも、サウジアラビアなどアラブ諸国によるイスラエル非難は限定的なもので、欧州諸国の方がパレスチナ寄りといっても過言ではない。

国交正常化では、アラブの大義が失われた

そして、今回の国交正常化では、アラブの大義が失われ、理念より実利をアラブ諸国は重視しているとの見方がある。そういう議論が多くなる背景には、原油価格安で経済の多角化を押し進めたいアラブ諸国の思惑がある。

中東のイスラム過激派などはイスラムの大義や威厳など理念的なものを重視するが、各国政府や市民たちの目標や要求はかなり実利主義的なものといえる。

反政府デモが増える可能性も

去年も、ガソリン価格の値上げに端を発しイランでは反政府デモが各地に拡大し、レバノンでは無料通話アプリへの課税を巡って市民の怒りが爆発した。アラブ各国政府は原油安で経済難が深刻になり、国民からの不満がいっそう高まることを警戒している。

サウジアラビアやUAE、バーレーンなどはイラク、レバノンなどの二の舞いになりたくないとの本音があることだろう。そういう事情があることから、最新技術で経済成長を続けるイスラエルとの関係を強化したい狙いがアラブ各国政府にはある。

トランプ大統領の狙いは?

では、トランプ大統領にはどんな狙いがあるのだろうか。オバマ前政権とトランプ政権は考え方が対立軸にあるが、米国の非介入主義という部分では同じであり、トランプ政権もその方向で進めている。イスラエルの安全保障にとって、米軍の中東からのプレゼンス低下は大きな問題であり、長年イランと対立するなか、ネタニヤフ首相には今回の国交正常化でアラブ諸国との関係を強化し、イランを孤立化させたい狙いがある。

イラン包囲網を強化し、選挙戦を勝ち抜きたい

UAEとバーレーンとの国交正常化は、現在は経済的領域が表立っているが、中長期的には安全保障にまで踏み込んだ話になる可能性もある(トランプ大統領が再選し、4年続くという場合)。一方、トランプ大統領の狙いも同じようなもので、イスラエルとアラブ諸国をできるだけ接近させ、イラン包囲網を強化したいと考えているが、11月の大統領選で支持基盤であるキリスト福音派からの支持を確実なものにし、選挙戦を勝ち抜きたい狙いもある。

しかし、選挙戦でバイデン候補が勝利した場合、情勢は大きく変化する可能性が高い。バイデン候補はオバマ前政権の継承を宣言しており、オバマ政権時に合意に至った2015年イラン核合意に戻る姿勢を明確にしている。

要は、イスラエルとトランプ政権によるイラン包囲網戦略が根本的に変わることになり、イスラエルやサウジアラビアの対米不満が再び高まる可能性もある。

トランプ大統領が落選するとテロが増え世界が混乱する11月のアメリカ大統領選まで3ヶ月 11月の米大統領選まであと約3ヶ月となった。現在のところ、世論調査では民主党のバイデン氏が有利な状...
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サントロペ
国際政治学者、大学教員でありながら、実務家として安全保障・地政学リスクのコンサルティング業務に従事する。また、テレビや新聞などメディアでも日々解説や執筆などを積極的に行う。