政治混乱

9.11テロから19年、米国の対テロ戦争を考える

米国の中枢を襲った9.11同時多発テロから19年が過ぎた。先週金曜日、トランプ大統領もバイデン候補もペンシルベニア州にある慰霊碑を訪れ、犠牲者とその家族に哀悼の意を表明した。既に9.11を知らない世代の人口も増えるなか、世界各国でもあの悲劇の記憶が薄まってきている感もある。

アメリカはイラク駐留米軍の縮小を発表

トランプ大統領は今月、イラク駐留米軍を既存の5200人規模から3000人規模にまで縮小することを発表した。トランプ大統領には、外国の紛争は当事者に任せて米国の負担を減らすというアメリカファーストのもと、11月の大統領選を見据えて支持を拡大したい狙いがあることは間違いない。

そして近年、米国では与野党関係なく中国への警戒感が高まり、トランプ大統領もバイデン候補も中国へは厳しい姿勢で臨むことを表明している。そして、日本国内でも、専門家やメディアの間では安全保障上の脅威としての中国を取り上げることが大半となり、テロの問題が扱われることはほぼなくなった。だが、対テロ戦争は終焉に向かったとしても、テロの脅威、もっと具体的に言うとアルカイダやイスラム国などジハーディストの脅威は本当になくなったと言えるのだろうか。

アルカイダが組織的に弱体化はしたが・・

ここで、ジハーディストの状況を今一度確認してみたい。9.11以降、オサマ・ビンラディン以下アルカイダの多くの幹部は殺害され、アルカイダが組織的に弱体化したことは間違いない。

しかし、今でもアフガニスタンでは数百人レベルで活動し、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」や北アフリカの「マグレブ諸国のアルカイダ」、シリアの「フッラース・アル・ディン」、ソマリアの「アルシャバーブ」、インド周辺の「インド亜大陸のアルカイダ」など地域の支部組織は依然として根強い。

アルカイダは9.11に合わせてメッセージを発信

アラビア半島のアルカイダは9.11に合わせてメッセージを発信し、「米国は対テロ戦争の長期的な敗者であり、世界中にある米国権益を狙え」と支持者たちに呼び掛けた。

アルシャバーブも動向に米国権益を攻撃する趣旨のメッシージを繰り返し発信しており、アルカイダ系組織が9.11規模のテロを実行できることは考えにくいとしても、依然として米国を攻撃する“意思”は持ち続けており、これは9.11テロ時と全く変わらない。ちなみのイスラム国系のメディアも、9.11テロに言及するメッセージを先週発信したが、これは初めての取り組みとみられる。

テロ組織に聖域を与える危険性

イスラム国が注目を集めて以降、アルカイダは欧米やイスラエルを攻撃する戦略以上に、アルカイダ系組織が活動する地域で現地住民からの支持を拡大する戦略に舵を移した。具体的には、医療支援や食糧供給、雇用の提供などに積極的に従事することで住民からの支持を拡大し、そこを活動拠点、聖域化することに努めるようになった。

こうみると、アルカイダはこれまでのグローバル・ジハードからローカル・ジハードに転換し、欧米権益がテロの標的になる恐れがなくなったかのように映るかも知れないが、アルカイダは欧米権益を狙わないとする声明は一切発信していない。要は、中長期的には、地域的な地固めを強固なものにした後、再びグローバル・ジハードに回帰する危険性もある。テロ組織に聖域を与える危険性については9.11以降懸念されてきたが、中東やアフリカにおける力の空白は中長期的にアルカイダに利する可能性がある。

テロの脅威が再び国際社会で猛威を振るう危険性も

こう考えるならば、「米国の対テロからの撤退、対中重視戦略」はテロリストに復活する時間を与え、テロの脅威が再び国際社会で猛威を振るう危険性もある。

米中対立の最前線である日本では必然的に対中の動向に注目が集まってしまうが、今日のグローバル社会では海外で暮らす日本人は100万人を超える。邦人保護という視点からも我々はテロの脅威の動向を忘れてはならない。

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サントロペ
国際政治学者、大学教員でありながら、実務家として安全保障・地政学リスクのコンサルティング業務に従事する。また、テレビや新聞などメディアでも日々解説や執筆などを積極的に行う。